政治家を目指す加藤好啓のblog

政治家を目指すblackcatこと加藤好啓が政治のことなどを語ります。
毎日は更新できませんが、出来るだけ更新していく予定です。
思想的には、保守です。持論としては国政が国防を主として考えるのに対し、地方の場合はいかに地方に住む住民が幸せに暮らせるかを主眼に政策を考えていく必要がありそうした政策を練り上げるためにもこうして情報発信したいと思っております。

選挙の季節



参議院議員選挙が公示されて、論戦が始まりました。
3年に1回半数が選挙で改選されるこの選挙、再選できる人出来ない人、新たに議員となる人など様々、こうして選挙のたびに思うことは貴族院の流れを汲む参議院が最近は劣化しているなぁと思うのです。


参議院は良識の府として、解散がない代わりにじっくりと国政にあたるとい視点から戦後貴族院を改組して誕生したわけで、良識の府と呼ばれていたのですが、いつの間にか芸能人の人気投票の場となってしまって・・・。全国的に顔が売れている人は当選しやすく、そうでない人は当選できない。
勢い、芸能人などを候補として立てる…それが現在の参議院では無いだろうか。


三原じゅん子議員のように芸能人から転身して議員として実績を上げていく人もいれば横峯さくらの父親・・・問う呼び方でしか覚えられず、国政での仕事らしい仕事もせず人気だけで当選して消えていく議員、田村亮子議員も然りであろう。
柔道と議員の二足の草鞋と言いながら早々と柔道を捨ててその後は目立った活動の話も聞かず・・・自民党から出馬と言う噂もあったが結局は出馬を見送ったとのことだが、参議院と言う議会が単なる人気投票であったり一部の銭ゲバのための就職先であって良いはずがない。


本当に私たちのために働いてくれる人はだれか、今一度見極めていきたいと思う。

さらに、気になるのが。

「支持政党なし」と言う政党 http://支持政党なし.com/


これは正直危険だ、早いうちに潰しておかないと厄介な存在になるそんな気がする。


その理由は簡単、無党派と言うか無関心派や、本当に既存の政党に対して「支持政党なし」と今まで書いてきた人たちにとっては、これもまたこの政党の票になってしまうからだ。


少なくとも、政党名の要件について規制することは難しいであろうが、「支持政党なし」が浸透してしまうとさらに厄介なことになってくるのではないだろうか。


既存の政党に求めることは、党利党略で行動する人ではなく、その人となりを見極めていって欲しいと思う。
候補者が訴える政策が、それって私のことを言ってくれているの?と言う候補者に投票して欲しい。
特に今年初めて選挙に参加する18歳の有権者は、後悔のない候補者を選んでほしいと切に願っている。

2016年参議院選挙投票促進ポスター



東京都知事選 都民は誰を選ぶのか

東京都知事選挙、後継者は誰?

舛添東京都知事が辞表を提出して、東京都はまた新しいと知事を選ぶと言う事態になってしまった。これで2期連続であり、いくらなんでもこれは世界から見ても物笑いの種であろう。


まして、東京だけで、発展途上国以上の国民総生産と同等の毛財力があるだけに、言ってみれば日本国の中にもう一つの国があるみたいなもの。


ただし、だからと言って知事が外交する理由は無いですよね。


知事はあくまで地方の首長ですから、

知事はあくまで地方の首長

都知事がいくら一国の発展途上国並みの経済力があったとしても、あくまでも日本と言う枠の中での話であり、その枠を超えての行動は越権行為そのものだと言えましょう。


言ってみれば、課長が本来であれば執行役員が会議で決めるべきことを独断で決裁したようなものでしょう。


仮にそんなことをして誰がその不利益に対して責任を負えるのでしょうか。


少なくとも、いくら都の保有地だからと言って勝手に決める権限が法的に仮にあったとしてもそれはちょっとまずいのではないでしょうか。

地方の首長が直接選挙で選ばれる意味とは

日本国首相は、国会議員の指名による間接選挙(党員も投票できるが国民全員が投票するわけではない)であり、直接首長を選べる知事た市長とは異なっています。


逆説的に言えば、何故知事なり市長は直接選挙で選ばれるのかと考えれば、それは市長なり知事と言う首長は地方と言うユニットの利益にために働いてもらいたいから直接選ぶと理解しています。


ですから、逆に知事なり、市長が地域住民のために働かないとなれば、それは厳しくチェックしていく必要があると言えましょう。


逆に言うと、知事なり市長と言うのは、その地域の経営者でもあるわけです。


地域を活性化して、活力のある街にするのも知事なり市長の仕事であり、その逆に私利私欲に走ってしまうと、一部の人は潤うけれどと言う構図になってしまいます。

地域住民に寄り添うと言う意味は


市長なり、知事と言うのがその地域の経営者であるならば、まず大事なことはその地域の最大限の幸せのために何が出来るかと言うことになります。


ただ、そこでよくあるのがばらまき型政治です。


割引商品券を斡旋する。1万円で1万2千円の買い物が出来ますよ・・・的な。


その差額は…これが税金で補てんされるんですが。


クーポン券の印刷費や発行の手間にかかる人件費なども考えればどれほど効果があるのでしょうか。


個人商店で活用して、個人商店の売り上げが上がれば結果的に個人商店の主乳が増えて翌年の税収にも反映するかもしれませんが、大手で買い物された場合・・・。
大手の百貨店でかつ地元資本で無かったら売り上げは全て本店の計上になりますから地元には殆ど影響ないと言うか、売り上げ補てん分はまるまる持ち出しじゃないですか。


良く、貧乏人が金持ちに貢ぐ構図だと言って反発しますけど、大手百貨店を誘致してくると言うのは結果的にはそうなるんですよね。

いくばくかの雇用確保と引き換えに・・・。

むしろ、そうしたばらまきではなく、地域に応じた産業を興すほうが効果は大きいのではないかと考えています。


仮に、農村地帯にいきなり大きな百貨店を誘致して、道路を整備して、地域の住民の買い物する場と雇用を確保したとしても・・・もしその店が採算悪化で撤退したらどうなるのでしょうか。

下手したら、大いなる廃墟になる可能性だってある。

地域特性に合った産業を興そう


仮に、私が首長として立候補するなら(あくまで仮定です)、農業が盛んな地域であればIoT(モノのインターネット)と言われるように、次のような新しい農業を提案するでしょう。


例えば、現在太陽光発電などが休耕田などで行われていますが、そうしたものを廃して、休耕田は水田として復元します。


その際に農業法人を情報処理系の大学や専門学校、並びに農学部などと連携した産官連携のて第3セクターとして農業法人を設立します。


太陽光発電に関しては、一部の建屋などの屋上に設置、また透過性のある太陽電池を使って温室に採用してやれば、太陽光を発電しながら温室で栽培も出来ます。




売電は目的ではなくそこで発生する電力を使ってセンサーなどに供給する電源のためのバッテリー充電用に使うほか、雨水などはタンクに貯めるとともに、落差エネルギーを使って水力発電することでこれまた電力の自給化を目指していく。

さらに、そうして人モノインターネットを活用して供給される生産物はインターネットを使って販売する。

こうすれば、地方だからこそできる新しい産業の創造が出来るのではないだろうか。

地方の休耕田等を生かして、なおかつ若い人を呼び込む

そうした、生産から販売までのルートを確保した上でそうした産業が発展すれば、第3セクターは民営化してさらなる自由競争をさせることで、法人税が地方に入るし、継続的な雇用、遊休地の活用などを図ることも可能となってくるのではないだろうか。
観光とか企業誘致と言うのは言ってみればカンフル剤であり長期的に見ればより疲弊させるだけだと思う。

私は専門は交通だが、地方の活性化のためにはこうした方法も必要ではないかと思ったので拙文をしたためた次第。




市政は誰のものか?御坊市長選から思うこと

先日行われた和歌山の御坊市長選、元々保守の地盤が強くて二階俊博氏という自民党の影の首領のような人がいて、その人の息がかかった現職の市長と二階氏の長男が出馬すると言う選挙があって、投票率が78%と近年にない高い得票率になったそうです。
これは戦後直後に実施された参議院議員普通選挙にも匹敵するほどの高い投票率で有権者の関心が高かったということになります。




そこで、「有権者の投票率が高いなぁ」とか、「自民党は大物国会議員まで投入したのに勝てなかった。」という表面的なことだけを見て終わるのか、何故そうなったのかと分析するのかでその選挙の結果についてというか世間の見方というものが変わってくると思うのです。

御坊市は変われるのか?これからが正念場


投票率スゲー・・・うちの選挙区こんなに投票してくれないからヤバいっしょ・・・的な見方だと何時まで経っても変わらないです。
結局こうした場合に、ただ単に「投票率高いね」ではなくて、そこに至るプロセスをしっかりと学ぶことが大事だと思うのです。
私が政治家を目指しているからそんなこと書くのだろうと言う方もおられるかもしれませんがそうではありません。


これは全てに言えることではないでしょうか。


結果というのは必ずその原因があるのです。
最初に、その原因を探らないと物事は解決しません。
臭い物に蓋をすると言う諺がありますが、まさにそれで原因を探ることが重要だと思うのです。

この辺はビジネスでも同じことが言えると思います。


そうした意味では、御坊市の市長選挙というのは市民が声を上げたということで非常に注目しています。
今までの、二階氏の影響を受けるのは嫌だと言う意思表示でしょうか。
普通に考えれば、多選をする市長というのはよほど善政を敷くかそうでなければ圧倒的な権力の下での圧政しかないと思います。


そういった意味では、現職の市長も74ということで選択肢としては?ですが、有権者も次回の選挙での立候補無いと判断して。二階氏の息子ではなく現職の市長を選ぶと言う消極的理由で積極的に選挙に行ったと言うことないでしょうか。


まぁ、二階氏の長男氏の評判が地元でもかなり悪かったと言うのも言ってみればその原因の一つであるかと思いますが。
そうでなければ、間違いなく権力構造の移譲は行われていたでしょうから。
そうした意味で、今回の選挙は非常に意義深いものがあると個人的には思っています。


御坊市ホームページ