政治家を目指す加藤好啓のblog

政治家を目指すblackcatこと加藤好啓です。
これからの時代を考える時、地方政治も従来のような指示待ちの姿勢ではなく積極的に地方行政が積極的に住民と一緒により住みやすい町を目指すべきだと考えています。
そこで、まず私自身の考え方を知っていただきたく、こうしてblogで政治的信条や政策を提言させていただく所存でございます。
ぜひ、読者登録をお願いします。

東京都知事選 都民は誰を選ぶのか

東京都知事選挙、後継者は誰?

舛添東京都知事が辞表を提出して、東京都はまた新しいと知事を選ぶと言う事態になってしまった。これで2期連続であり、いくらなんでもこれは世界から見ても物笑いの種であろう。


まして、東京だけで、発展途上国以上の国民総生産と同等の毛財力があるだけに、言ってみれば日本国の中にもう一つの国があるみたいなもの。


ただし、だからと言って知事が外交する理由は無いですよね。


知事はあくまで地方の首長ですから、

知事はあくまで地方の首長

都知事がいくら一国の発展途上国並みの経済力があったとしても、あくまでも日本と言う枠の中での話であり、その枠を超えての行動は越権行為そのものだと言えましょう。


言ってみれば、課長が本来であれば執行役員が会議で決めるべきことを独断で決裁したようなものでしょう。


仮にそんなことをして誰がその不利益に対して責任を負えるのでしょうか。


少なくとも、いくら都の保有地だからと言って勝手に決める権限が法的に仮にあったとしてもそれはちょっとまずいのではないでしょうか。

地方の首長が直接選挙で選ばれる意味とは

日本国首相は、国会議員の指名による間接選挙(党員も投票できるが国民全員が投票するわけではない)であり、直接首長を選べる知事た市長とは異なっています。


逆説的に言えば、何故知事なり市長は直接選挙で選ばれるのかと考えれば、それは市長なり知事と言う首長は地方と言うユニットの利益にために働いてもらいたいから直接選ぶと理解しています。


ですから、逆に知事なり、市長が地域住民のために働かないとなれば、それは厳しくチェックしていく必要があると言えましょう。


逆に言うと、知事なり市長と言うのは、その地域の経営者でもあるわけです。


地域を活性化して、活力のある街にするのも知事なり市長の仕事であり、その逆に私利私欲に走ってしまうと、一部の人は潤うけれどと言う構図になってしまいます。

地域住民に寄り添うと言う意味は


市長なり、知事と言うのがその地域の経営者であるならば、まず大事なことはその地域の最大限の幸せのために何が出来るかと言うことになります。


ただ、そこでよくあるのがばらまき型政治です。


割引商品券を斡旋する。1万円で1万2千円の買い物が出来ますよ・・・的な。


その差額は…これが税金で補てんされるんですが。


クーポン券の印刷費や発行の手間にかかる人件費なども考えればどれほど効果があるのでしょうか。


個人商店で活用して、個人商店の売り上げが上がれば結果的に個人商店の主乳が増えて翌年の税収にも反映するかもしれませんが、大手で買い物された場合・・・。
大手の百貨店でかつ地元資本で無かったら売り上げは全て本店の計上になりますから地元には殆ど影響ないと言うか、売り上げ補てん分はまるまる持ち出しじゃないですか。


良く、貧乏人が金持ちに貢ぐ構図だと言って反発しますけど、大手百貨店を誘致してくると言うのは結果的にはそうなるんですよね。

いくばくかの雇用確保と引き換えに・・・。

むしろ、そうしたばらまきではなく、地域に応じた産業を興すほうが効果は大きいのではないかと考えています。


仮に、農村地帯にいきなり大きな百貨店を誘致して、道路を整備して、地域の住民の買い物する場と雇用を確保したとしても・・・もしその店が採算悪化で撤退したらどうなるのでしょうか。

下手したら、大いなる廃墟になる可能性だってある。

地域特性に合った産業を興そう


仮に、私が首長として立候補するなら(あくまで仮定です)、農業が盛んな地域であればIoT(モノのインターネット)と言われるように、次のような新しい農業を提案するでしょう。


例えば、現在太陽光発電などが休耕田などで行われていますが、そうしたものを廃して、休耕田は水田として復元します。


その際に農業法人を情報処理系の大学や専門学校、並びに農学部などと連携した産官連携のて第3セクターとして農業法人を設立します。


太陽光発電に関しては、一部の建屋などの屋上に設置、また透過性のある太陽電池を使って温室に採用してやれば、太陽光を発電しながら温室で栽培も出来ます。




売電は目的ではなくそこで発生する電力を使ってセンサーなどに供給する電源のためのバッテリー充電用に使うほか、雨水などはタンクに貯めるとともに、落差エネルギーを使って水力発電することでこれまた電力の自給化を目指していく。

さらに、そうして人モノインターネットを活用して供給される生産物はインターネットを使って販売する。

こうすれば、地方だからこそできる新しい産業の創造が出来るのではないだろうか。

地方の休耕田等を生かして、なおかつ若い人を呼び込む

そうした、生産から販売までのルートを確保した上でそうした産業が発展すれば、第3セクターは民営化してさらなる自由競争をさせることで、法人税が地方に入るし、継続的な雇用、遊休地の活用などを図ることも可能となってくるのではないだろうか。
観光とか企業誘致と言うのは言ってみればカンフル剤であり長期的に見ればより疲弊させるだけだと思う。

私は専門は交通だが、地方の活性化のためにはこうした方法も必要ではないかと思ったので拙文をしたためた次第。




市政は誰のものか?御坊市長選から思うこと

先日行われた和歌山の御坊市長選、元々保守の地盤が強くて二階俊博氏という自民党の影の首領のような人がいて、その人の息がかかった現職の市長と二階氏の長男が出馬すると言う選挙があって、投票率が78%と近年にない高い得票率になったそうです。
これは戦後直後に実施された参議院議員普通選挙にも匹敵するほどの高い投票率で有権者の関心が高かったということになります。




そこで、「有権者の投票率が高いなぁ」とか、「自民党は大物国会議員まで投入したのに勝てなかった。」という表面的なことだけを見て終わるのか、何故そうなったのかと分析するのかでその選挙の結果についてというか世間の見方というものが変わってくると思うのです。

御坊市は変われるのか?これからが正念場


投票率スゲー・・・うちの選挙区こんなに投票してくれないからヤバいっしょ・・・的な見方だと何時まで経っても変わらないです。
結局こうした場合に、ただ単に「投票率高いね」ではなくて、そこに至るプロセスをしっかりと学ぶことが大事だと思うのです。
私が政治家を目指しているからそんなこと書くのだろうと言う方もおられるかもしれませんがそうではありません。


これは全てに言えることではないでしょうか。


結果というのは必ずその原因があるのです。
最初に、その原因を探らないと物事は解決しません。
臭い物に蓋をすると言う諺がありますが、まさにそれで原因を探ることが重要だと思うのです。

この辺はビジネスでも同じことが言えると思います。


そうした意味では、御坊市の市長選挙というのは市民が声を上げたということで非常に注目しています。
今までの、二階氏の影響を受けるのは嫌だと言う意思表示でしょうか。
普通に考えれば、多選をする市長というのはよほど善政を敷くかそうでなければ圧倒的な権力の下での圧政しかないと思います。


そういった意味では、現職の市長も74ということで選択肢としては?ですが、有権者も次回の選挙での立候補無いと判断して。二階氏の息子ではなく現職の市長を選ぶと言う消極的理由で積極的に選挙に行ったと言うことないでしょうか。


まぁ、二階氏の長男氏の評判が地元でもかなり悪かったと言うのも言ってみればその原因の一つであるかと思いますが。
そうでなければ、間違いなく権力構造の移譲は行われていたでしょうから。
そうした意味で、今回の選挙は非常に意義深いものがあると個人的には思っています。


御坊市ホームページ 



地方の活性化を真剣に考える

和歌山市の現状を自分の足で感じる



昨日、和歌山で勉強会に参加させていただいたのですが、私自身の思いと大きく異なる、後半の先生の講演は聞きたかったのですが、一度帰りますと啖呵を切った以上、何もなかったように戻るのも恥ずかしかったので、その足で和歌山のかつての繁華街であった築地まで足を運んでみた。

想像以上に落ち込んでいる築地

私は、基本どんな地域でもそうですが足で歩く、特に昼間では数多くの路地などに積極的に入っていく、そうすることで、表面上では見えない問題点などを見る事が出来るからだ。


今回も、芦原から新通を経由して築地に向かったのだが、新通りを越えて東ぶらくり丁付近、かってはその近くまで来ればキャバレーやソープランドと呼ばれる風俗店が多く立ち並び良くも悪くも猥雑な雰囲気があった地域はその姿をすっかり変わっている。

かつては、ソープランドと呼ばれる特殊浴場が林立していた築地は殆どそうした店も消滅


今でも何件かは残っているが、改修もされておらず、施設全体が老朽化した印象

昔であれば積極的に呼び込みもあったろうが、それも禁止されてしまい、静かなものである。


今から30年前の賑わいを知っているものからすればこの静けさは何だと言いたくなる。

さらに衝撃的だったのは、かっては川を挟んで2件の映画館があったのがどちらも廃業

google map streetView からキャプチャー


片や更地に、片やも空き家となってしまっていると言う現実、そして川沿いにあった多くの飲み屋などはすっかりなくなりかって、ここで多くの人が行きかっていたことがにわかに信じられないほど寂れている。

若い人たちはどこに行ってしまったのか?


廃業したパチンコ店


かつては、映画館も2館立ち並び和歌山市で一番賑わっていたところだが


築地を越えて鈴丸橋方向に歩いていくとかっては飲食店であったろう場所が老人介護施設になっている。

確か以前は割烹の店か何かだったと思うが、今は「あかり苑」という名称の老人介護施設になっている。


正直、これが和歌山の現実なんだなぁと改めて思い知らされました。

かっての賑わいを知っている、さらに今は和歌山に住んでいない。

だからこそ、余計にその衰退ぶりが痛いほどわかる。

google map viewから

かって映画館があった場所は片や更地となり駐車場となっている、こうしてみるとかっての繁華街の殆どが駐車場になっていることが判り唖然とさせられる。


実は、築地に10人程度の団体がいました、雰囲気からして家族連れだと思ったのですが実は中国人の家族一行のようだ。

日本に観光に来たようで、ガイドブックにないところを見学するのが今は流行らしい。

でも、そうした人すらも受け入れるだけの施設もないのが今の和歌山の現状。


これを見て、何とかしようよと個人的には思ってしまう。

吹田市も大事ですが、私としては生まれ育った和歌山市があまりの不甲斐なさに正直情けなくなってくる、というか怒りすら感じるのだ。

敢えて喧嘩を売ろう、和歌山市議会議員はこの現状をどう考えるのか?

和歌山市の市議会議員はこうした和歌山市の衰退の現状に対してどう思っているのかと。


私なら、強力に和歌山城を中心とした地域の再編を図る。

LRT構想も良いけれど、それはまだまだ先の話、それよりも「えちぜん鉄道と福井鉄道」が相互乗り入れしたように、貴志川線と紀勢本線、更には加太線を結ぶことで、東西の交通を充実させることで交流増やしていきたい。


和歌山市駅を中心に扇状に広がるコンパクト市域と同じく和歌山駅を中心として扇状に広がるコンパクト市域、そうなると結果的に現在のぶらくり丁付近が空白となってしまうが、ここをもう一度空き家や空きビルなどの現状を把握したうえで改修できる場合は老人介護施設もしくは、高齢者が優先的に入居できるマンションなどを建設するなどして済生会病院や日赤といった総合病院との連携を図りやすくする。

和歌山市の現状を考えた場合観光も大事だが、それ以上に人が住んでもらわない事には賑わいは生まれない、特に中心部に住んでもらわねば意味がありません。

住む方が高齢者であっても、その方が住みよい町であったならば定住してくれるんです。

高齢者の不安は、以前にも書きましたが、「病気した時に医療施設が充実しているか?」だと思う。

幾ら景色が良くても、医療に不安があれば住まない。

和歌山市の場合、人口に対する医療機関の数はかなり上位を占めていたはずですから、

「高齢者の方が安心して和歌山に住んでくださいね」とアピールしても直ちに和歌山が医師不足になるとは考えにくい。

いささか資料は古いが2007年厚生労働省が作成した医療施設(動態)調査・病院報告の概況から作成。

だからこそ、和歌山市の中心部に高齢者が住みやすいそうした街を作っていくのも、賑わいを作るための一つの手段だと思うのだが、いかがであろうか?。