政治家を目指す加藤好啓のblog

政治家を目指すblackcatこと加藤好啓です。
これからの時代を考える時、地方政治も従来のような指示待ちの姿勢ではなく積極的に地方行政が積極的に住民と一緒により住みやすい町を目指すべきだと考えています。
そこで、まず私自身の考え方を知っていただきたく、こうしてblogで政治的信条や政策を提言させていただく所存でございます。
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正直迷っています。

素直な今の気持ちです。

皆さまこんばんは、私は政治家を目指す。
特に地方政治家からスタートさせようとして、こうしたblogを書き始めました。
そして、最初は吹田市から出馬しようと漠然と思っていたのですが・・・。
時々墓参りに和歌山に帰るのですが、その都度感じる和歌山市の衰退。
これを見ていると、自分としては吹田市で手を上げるよりも、地元和歌山市からの方が良いのではないかと思う気持ちが強くなりました。
和歌山市も、吹田市も再来年の4月ですので正直1年半を割りましたので、そろそろ運動を開始しないと厳しいだろうなと言うのはよくわかっています。
そして、「和歌山市を変えたい、もっと活気ある街にしたい」…そういう思いはあるのです、しかし、和歌山市の現状を考えれば、問題が大きすぎること、地方都市独特のしがらみがあること。
まぁ、しがらみは、市会議員レベルだとどこでもありますから、政策よりも人間関係ということで仕方がないのかなとも思っています。
ただ、和歌山市を出てから10年近く離れている今となっては、自身が市会議員に立候補してもなかなか理解してもらえないかなと言う気持ちもあるんです。


どうしても、今は地元に住んでいませんので厳しいかなぁという気持ちもあります。
逆に、現在住んでいる吹田市は、人口はどちらかと言えば増えている反面、高齢者が多い地域とそうでない地域の落差や、人口が急増して待機児童問題を抱える地域がある他、千里ニュータウンの世代交代問題。
そうした点をどのように着地させるのか。
そうして意味では、和歌山市の問題点とはまた違った問題点を多々内包していることも見えてきます。


本当はこんなことをここに書くべきではないのでしょうが。
和歌山市につき1回か2回帰って駅前でビラ配りなどをするのが良いのか、地元の駅でビラ配りをするのが良いのか・・・。
正直、迷っている。
それが現状です・・・。


まぁ、年内には答えを出そうと思っていますが、未だに悩んでいます。
お恥ずかしい話を敢えてさせていただきました。



議員と言葉の重さ 足立議員の発言を見て

議員の質は低下していないか?


私自身は、このblog以外にもいくつかblogを書いているのだが、その一つに国会議事録をみて、多少の解説を付け加えると言ったことをしているのですが、考えてみれば良い時代になりましたよね。


過去の国会議事録などもその気になれば簡単に自宅に居ながら読むことができるわけです。(参考 気が向けばご覧くださいませ)


私が読み込んでいるのは、主に鉄道とか交通に関する議事録なのですが、そうして読んでいますと、議員と官僚の駆け引きといいますか、綱引きが中々見ていると面白いのです。


そう考えると、最近の国会議員は全体に小粒というか昔の議員よりもスケールが小さくなったのかなと思ってしまうんですね。
国会議員を含め、議員は公人ですから、ここで批判されても問題はないと思います。
それは、政党日本維新、足立議員の件

マスコミに喧嘩する人が本当に国益を守れるのでしょうか?

件の発言について朝日新聞が社説で、反論しています。
個人的には、朝日新聞の論調は私としては合わないのですが、足立議員はこの件に限らず、こうした発言でよく物議をかもしており、今回が初めてではありません。

何方かというと、確信犯ではないかと思うことが多々あるのですが、国会議員としての資質とした見た場合どうなのでしょうか?
いやしくも、国会議員というのは国民の代表であり、国益(国外に向けての国益だけでなく、地方にあっても同様、国民生活全体の向上のために尽くすべき)のために働くことが本分だと思うのですが。こうして、マスコミなどにも喧嘩を売るような人を議員と呼んでよいものでしょうか?
まぁ、支持者からすれば朝日新聞が悪いから・・・と言う意見があるかもしれません。
しかし、少なくとも社会の公器であるマスコミ(一部ではマスゴミと言った言い方をしている人もいますが、少なくともマスコミが新聞記事などで発表するから、それを受けてTwitter等で発信したりできるわけですから、仮に本当にマスコミが無かったらまとめニュースなども発行できなくなってしまうでしょう。)に対して、過激な言葉で罵ってよいものでしょうか。
仮に、市井の人が町の噂話程度で、某新聞社は怪しからん。廃刊すべき・・・といったレベルと違う訳ですよ。

議員という名の責任の重さ

国会議員というのは、先ほども申し上げたように、国民の代表です。
その国民の代表であるからこそ、若くても先生と崇められて、それ相応の特権を与えられている訳です。
逆に言えばそうした特権を与えられている以上、多少の制限はかかるとしても法令的解釈の上でも反論は無いでしょう。
議員である以上、少なくとも、一挙手一投足は国民から常に監視されていることを意識すべきでしょう。
ただ、気になるのはこうした問題行動に際して、日本維新から何も言わない事の方がさらに気になります。
日本維新の代表でもある、松井知事からは特段の発言もないのは、何故でしょう?
日本維新という政党自体が、問題行動を起こす議員たいして注意すると言うことすらしないのでしょうか。

放置することは、自らのブランドを落とす

どんなことでもそうですが、最近の自動車会社の不正問題などでもそうですが、小さな問題を放置したままで結局より大きな問題に発展すると言うことが多々起こっています。
足立議員のこうした放言は、いわば政党のインシデント(事故などの危難が発生するおそれのある事態)だと思うのですが、これに対して政党としては何もしないと言うのはどうでしょうか。
結局、身を切る改革というのであれば、本当に改革に足を引っ張るような議員に対して注意すると言ったことができない政党は結局国民の信頼すら失ってしまうのではないでしょうか。

今こそ政治家の信念が試されるとき 人口減少に対しての方策は?

皆様今晩は、私自身も政治家を目指すと言いながら、肝心のこのblogを更新していないと何をしているのだとお叱りを受けてしまいそうです。
毎週最低1回は更新できるようにしたいと思いますが、今回は、改めて政治家の信念が試されるときと言うことで、私なりに取組みたい政策などを一つづつ提案していきます。
私が目指しているのは、地方政治家であります。
特に、地方の衰退は著しいものがあります。

和歌山市の人口減少が著しい

私自身の生まれ育った和歌山市も御多分に漏れず人口減少は緩やかに進んでいくと言われています。

和歌山市人口ビジョンから引用  平成27年10月から引用


和歌山市の現在の年齢別人口分布

和歌山市の5歳年齢階級別人口の推移



引用元 


65歳以上が多い、つぼ型になっているのは当然として、実はここでは見えてきにくいのですが、下記のような問題があります。


特に大きな問題は、女性人口の減少

和歌山市人口ビジョンでは、出産可能年齢の女性人口が今後の予測で大幅に減ることを危惧しています。

和歌山市人口ビジョンから引用  平成27年10月から引用

この原因はどこにあるのでしょうか?
和歌山市の産婦人科医が少なくて子供が生みにくい体制なのでしょうか?
そこで、少し調べてみたのですが、
和歌山県全体では全国平均よりも産婦人科の医師の数は多いので、安心して出産できる体制は整っていると言えるかもしれません。

産婦人科総医師数

産婦人科医師の地域偏在 日本産婦人科医会常務理事日本医科大学 中井章人氏の資料から引用


こう考えると、先ず今すべきことは、和歌山市に住むことを選んでもらうことが必要であることが判ります。
すなわち、働ける場所を確保すると言うことになります。


もちろん、若い女性が働ける場所と言うことだけでなく、男性も同様です、大阪なりに出なくとも地元で働ける仕組みを作っていく必要があると言えましょう。


安心して働ける場所があって、和歌山で暮らし続けることができると思うからです。

その為にどうするべきか。農業の充実という選択肢

その一つは、農業の充実にあると思っています。


遊休農地などをメガソーラ発電に転用するのであれば、よく言われるようにICTの技術を活用したスマート農業を展開すべきだし、その為の農業法人を第3セクターで設立して、就農希望者はその社員として就職、その後独立を希望する場合は、農業法人から土地を借りて独自の経営を行うこともできるし、引続き農業法人でサラリーマンとして働くこともできる。


そんな方法で地元で働ける仕組みと遊休農地を少しでも減らす努力をしてはどうであろうか。


遊休農地は、買取ではなく減反政策の補助金を活用してその土地を借り上げる形で田であれば米を栽培すればよい、ただし、単純に米を米として消費するのではなく、新しい食材としての活用を考えて新たなブランド化を図っていくことや、海外への輸出を考慮することもありではないだろうか。


非常識な発想であることは十分承知だが

人口減少でいきなり、農業法人の展開に飛んでしまって読んでおられた方も面食らったと思う。
でも、考えて欲しいのは、いくら綺麗ごとで「子育て支援します」:と言っても、財源も何もなくて、ただ耳障りの言い言葉だけを並べても実際には何もできないと言うことになりはしないだろうか。
それならば、もっと本質を見極める必要があると思うのです。
そこで、和歌山市(和歌山県)は絶対的に産婦人科や小児科の数が少なくて子育てに向かないのではないかと仮説を立てて調べてみたのです。
答えはむしろ逆で、和歌山県全体で見た場合医師の数は全国平均よりも多いことが判明しました。
しかし、人口は減少し続けていると言う事実、特に自然減よりも社会減の方が大きい傾向にあることが判ります。(グラフの単位が違うので、自然動態の方が多いように見えますので注意してください。)

まず、和歌山市の場合は若者が働ける場所を確保していくことが全てにおいて重要なことだと言えるのではないだろうか。
そうしないと、結局実現できない公約ばかりを並べる意味のない政治家ばかりが誕生する結果になると思うのです。