政治家を目指す加藤好啓のblog

政治家を目指すblackcatこと加藤好啓が政治のことなどを語ります。
毎日は更新できませんが、出来るだけ更新していく予定です。
思想的には、保守です。持論としては国政が国防を主として考えるのに対し、地方の場合はいかに地方にずむじゅみんが幸せに暮らせるかを主眼に政策を考えていく必要がありそうした政策を練り上げるためにもこうして情報発信したいと思っております。

ふるさと納税と地方自治

激化するふるさと納税返礼品

ふるさと納税による返礼品が激化している、時には下記のサイトにもあるように、殆ど自治体としてはメリットがないのではないかと思われるものも現れている。
これは決して健全な姿とは言えないのではないでしょうか?



96%の還元率の自治体は、なんと・・・大阪府泉佐野市だったそうですが、ここでの返礼品は、「鹿児島県、宮崎県、三重県、兵庫県などで採れた国産黒毛和牛を、どんと1,5kgもらえます。」※産地は選べないようです。届いてからのお楽しみですね!」
と書かれていますが、これはふるさと納税の主旨から考えていかがでしょうか?


これで泉佐野市にどれほどのメリットがあるのでしょうか。
送料を含めたらもしかしたら、納税額以上に負担していることにならないでしょうか。
泉佐野市は、関空関連の建設でも過剰な投資をして一時期財政再建団体に陥ったと記憶していますが・・・これが健全な姿と言えるのでしょうか。
本来は、ふるさと納税の返礼品は、地元の産業育成と言う観点から考えてもわざわざ、「鹿児島県、宮崎県、三重県、兵庫県などで採れた国産黒毛和牛」を自治体が送ると言うのは理にかなっていないような気がします。
この辺は、おそらく宮崎県の都城市が年間で34億円の寄付金を集めたことからの発想かと思いますが。本末転倒ではないでしょうか?

ふるさと納税は市民の好意

総務省も、返礼額は30%以内に抑えるようにとの通達を出していますが、その辺を含めて今後はどのような展開をしていくのでしょうか。
安易な返礼品を送るだけの制度では飽きられてしまえば次に続かないと思いますし、現在の過剰な返戻金競争を見ていますと、明治時代に鉄道会社がサービス合戦をして乗客を取り合った、そんなことを連想してしまいます。
互いに体力勝負で値下げ競争に走り・・・最後は体力がある会社が残り、その後は今までの損害を補填するために値上げするも今度はそれ以外は利用する手段が無いのでそのままそれを受入れざるを得ない・・・
結局過剰な返礼競争は、自治体を疲弊させるだけであり、自治体も安易に返戻金競争に加わるべきではないと考えます。
ふるさと納税制度は、市民の好意であることに間違いはありませんが、安易な発想で返礼率を上げればいいと言ったことをしているとその後手痛いしっぺ返しがあるといえるのではないでしょうか。

ふるさと納税による寄付金をどのように活用するのか?

現状では、ふるさと納税の寄付金を使って子ども園の無償化などに踏み切った自治体や、子供の医療費(高校まで)無償化の財源に使っているという自治体もありますが、これは本当に大丈夫なのでしょうか?
寄付金と言う位置づけである税制であるため、納税者がその納付先を変えてしまえば当然のことながら税収としては入ってこなくなります。
寄付金が毎年一定額必ず入ってくると言得ないわけですから、その辺を含めて考えれば、個人的には、ふるさと納税のように毎年の定量的に測れる税収でないのでそれを反固定経費的なものに投入すべきではないと考えます。


子供の医療費などにふるさと納税の寄付金を活用すると結果的に、今度は寄付金が減少した時に財源がないと言う問題になってしまうかもしれません。
私ならばその資金を例えば、地元で新たなふるさと産品を開発するために使うでしょう。
その地方の特産品を返礼品として送っているのであれば、例えば肉牛を送っているのであればそうした酪農農家などへの更なる事業拡張のための資金貸付の原資にするとか、新たなふるさと産品開発などに投資する。
所謂自治体による地方経営を本格化させていくことを考えるでしょう。
もちろん、医療費助成なども悪い施策だと言いませんが、そうして一生懸命頑張って子育てしてもらっても、町に産業が無くてやはり出ていくとなれば本末転倒です。
それならば、町に何時までも住み続けることが出来るような産業を興すことが重要になってくるのではないでしょうか。
そのためのふるさと納税で集めたお金を使うほうがより生きてくるのではないでしょうか?



政治とは誰のためのものか?

民進党離れが止まらない?

都議会選挙をにらみ、民進党かを離党して都民ファーストの会の推薦を受けようという動きがあり、また党勢拡大を狙う都民ファーストの会もそうした無所属候補の議員も推薦しようという動きがあるようだが・・・
彼らは、どうしてそこまで議員にこだわるのか。
やはり、高額の報酬なのだろうか。
こうしたいわゆる、蝙蝠のような政治家と言うのはどこにも、どの時代にも存在するが、概ね大成しない。

政界を渡り歩くのはなぜ?

彼らの考え方は、政治を自分の生活の手段と考えているからではないだろうか。
だから、必要以上に議員に拘る。
民進党がダメだから、今度は都民ファーストの会に行こう・・・これは実は同じ流れが日本維新でもあった、特に「大阪維新の会」と呼ばれていた時期、橋本徹人気から、自民党から大阪維新に所属替えする議員があった他、維新ブームと橋本人気で、「大阪維新」もしくはそれらしき名前を名乗るだけで当選してしまう…そんな議員が大量に生まれてしまった。
当時の大阪維新の議員のレベルは本当に酷いもので、ドーナツ現象や、夜間人口と言った意味も理解しえず、市役所の職員が呆れたという話も少なからず聞いたものだ。
政治家になれば、取りあえず高額の歳費がある・・・そんな見識も低いままではいけない。

裏切者は何度でも裏切る

少なくとも、そうした政界を渡り歩くような人は結局は権力を得たいだけ、小池百合子氏だって元はと言えば政界ロンダリングしてきた筆頭格であり、今回も単に石原慎太郎氏が嫌いからスタートしたようなもの。
今回過半数取れても、都民ファーストの会自体が反自民の受け皿でしかないのであれば所詮はその程度で終わってしまうだろう。
そうした意味では、「都民ファーストの会」が「都民ファウストの会」にならないように都民そして、都民以外もしっかりと見据える必要があるのではないだろうか。

東京を失速させてはいけない

東京は何だかんだと言っても、日本の首都であり少なくとも東京は地方に在っては一つの指標であるべきだと考えています。
昨年東京都知事選をお手伝いさせていただいたときは、東京都知事選挙で東京は「地方のベンチマーク」であるべきだと考えていました。(私が選挙に出るわけではないので私が主張することはできませんが、東京都知事選を一言で総括するならばそうした仕組みを作れる人を選ぶべきだと言うのが私の考えでした。)
都議選、かなりの元民進党議員が都民ファーストの推薦を受けたりして立候補するかもしれませんが、政治を自分の生活の手段と考えている人々を選ぶのが、自身にとって良いことなのか今一度考えて欲しいのです。
東京を本当に元気に出来る、そうした純粋に思う人たちを政界に送り出すべきではないでしょうか。

九段の桜



今こそ、政治家の力量が問われるとき

敢えて聞く国会議員の覚悟とは?

北朝鮮情勢が緊迫しているなかで、野党の一部は森友学園の問題などをひたすら取り上げたり、国会審議を拒否するなど、凡そ国会議員とは思えない行動を取っていますが。
国会議員の資質って何なんでしょう?
敢えて皆様にお聞きしたいと思います。
国会議員の本質、もっと言えば国会議員の本領とでも言いましょうか。
国民の代表であり代弁者であるとともの、国益を守るために、もっと言えば国を守るために命を懸ける・・・それくらいの覚悟があるのでしょうか。
我々も戦争は望みませんが、戦争を起こそうとする国が隣にあってそれに対して対話をするのは重要ですが、並行して万が一の場合の準備は並行して行わなくてはならないわけです。
少なくとも国会議員は、そうしたことも踏まえて国の安全保障はどうあるべきなのか政府に質す、韓国に在留するであろう邦人保護をどうするのかと言った問題を踏まえて本来は議論すべきことではないのか。
戦争反対とお題目を上げることも大事ですが、「戦争というのは政治の延長である」
これは有名な、カール・フォン・クラウゼヴィッツの戦争論で言われている言葉であり、実際に武力の行使は政治の延長で有るわけです。
何故戦争が起こるのか?
それは、政治の延長上で解決できない問題があるから、戦争という暴力行為が有るわけで、子供を躾けるときに、ある程度の力での抑制が必要なように、言葉で解らない場合にはそうしたことも必要になってくる。
そうした視点が、今の一部の野党。
はっきり言います、民進党には欠けているのではないでしょうか?

民進党議員は猛省すべき

民進党を名指しにするつもりは無かったのですが、第1次民主党の頃と比べればその劣化が著しい。
元々、政権交代できる健全な野党として民主党は設立されたわけでその時には、自民党、民社党などからも分離して新たな政党が出現したと思ったのですが・・・
現在では、日本共産党よりより劣化して、社会党左派の残滓だけが残った社民党よりも情けないのが今の民進党でしかない。
いまでも、民進党の頼りは、労働組合のが中心の筈ですが、その労働組合からも愛想をつかされている現状では、民進党の存在意義はどこにあるのでしょうか。
今すべきは、国際情勢に対して中道と言うのであれば、安全保障に対して対案を出すくらいの勢いがないと到底健全なる野党と言えないし、政権交代を狙える野党とは言えないのでは何でしょうか。
どこまでも、〇〇が・・・と言っているようでは、世間は呆れてしまうでしょうし。
むしろそうした意味では一貫してそうした政権批判している日本共産党の方が寧ろ筋が通っているようにすら見えてきます。

今こそ、国会議員は、国を守るとということを再認識するべき

国会議員が高い歳費を税金から受け取っているのは、あなたたちに偉そうにしてもらうためではなく、我が国に住む日本国民のためにどれだけの国益を与えられるかということであり、必要以上に時の与党政府を攻撃するだけのものでは無いはずです。
主義主張は違って当然ですが、日本の国会議員が日本人を貶めるような行為が許されるべきなのでしょうか。
韓国人の集会に行って一緒になって日本は悪いという国会議員もいるようですが、敢えて誰とは言いませんが、九州新幹線と同じ名前の議員…なんて正直国益に反しているとしか言えないのではないでしょうか。
私は、考え方の違いは受け入れます、ただし、それはあくまでも、日本国の中での国益を守れる議員であってという前提です。
それが出来ないのであれば、やはり議員としては退場していただくしかないのではないでしょうか?

私の考え方は間違っているでしょうか?

基本政治的なことであっても出来るだけ過激なことは書かないようにしてきましたが、現状の緊迫した政治情勢の中で、あまりにも能天気な行動を取っている野党第一党、これでは本当に健全な日本の政治はおぼつかないと考えます。
今こそ、本当に健全な野党が育つことを心より祈念いたします。
敢えて言えば、日本のこころ、日本維新の会(個人的には日本維新の会の主張には全面的には賛成できない否むしろ反対ではありますが、国益を守るという視点では評価、更には自民党の保守(右派議員)民進党でも旧保守勢力等が結集して、本来の政権交代を担える健全な野党が出現すべきなのではないでしょうか?

加藤好啓の主張

最後までお読みいただきありがとうございました。