政治家を目指す加藤好啓のblog

政治家を目指すblackcatこと加藤好啓です。
これからの時代を考える時、地方政治も従来のような指示待ちの姿勢ではなく積極的に地方行政が積極的に住民と一緒により住みやすい町を目指すべきだと考えています。
そこで、まず私自身の考え方を知っていただきたく、こうしてblogで政治的信条や政策を提言させていただく所存でございます。
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議員と言葉の重さ 足立議員の発言を見て

議員の質は低下していないか?


私自身は、このblog以外にもいくつかblogを書いているのだが、その一つに国会議事録をみて、多少の解説を付け加えると言ったことをしているのですが、考えてみれば良い時代になりましたよね。


過去の国会議事録などもその気になれば簡単に自宅に居ながら読むことができるわけです。(参考 気が向けばご覧くださいませ)



私が読み込んでいるのは、主に鉄道とか交通に関する議事録なのですが、そうして読んでいますと、議員と官僚の駆け引きといいますか、綱引きが中々見ていると面白いのです。


そう考えると、最近の国会議員は全体に小粒というか昔の議員よりもスケールが小さくなったのかなと思ってしまうんですね。
国会議員を含め、議員は公人ですから、ここで批判されても問題はないと思いますが。
日本維新の足立議員の件

マスコミに喧嘩する人が本当に国益を守れるのでしょうか?

朝日新聞が社説で、反論しています。
個人的には、朝日新聞の論調は私としては合わないのですが、足立議員はこの件に限らず、こうした発言でよく物議をかもしており、今回が初めてではありません。

何方かというと、確信犯ではないかと思うことが多々あるのですが、国会議員としての資質とした見た場合どうなのでしょうか?
いやしくも、国会議員というのは国民の代表であり、国益(国外に向けての国益だけでなく、地方にあっても同様、国民生活全体の向上のために尽くすべき)のために働くことが本分だと思うのですが。こうして、マスコミなどにも喧嘩を売るような人を議員と呼んでよいものでしょうか?
まぁ、支持者からすれば朝日新聞が悪いから・・・と言う意見があるかもしれません。
しかし、少なくとも社会の公器であるマスコミ(一部ではマスゴミと言った言い方をしている人もいますが、少なくともマスコミが新聞記事などで発表するから、それを受けてTwitter等で発信したりできるわけですから、仮に本当にマスコミが無かったらまとめニュースなども発行できなくなってしまうでしょう。)に対して、過激な言葉で罵ってよいものでしょうか。
仮に、市井の人が町の噂話程度で、某新聞社は怪しからん。廃刊すべき・・・といったレベルと違う訳ですよ。

議員という名の責任の重さ

国会議員というのは、先ほども申し上げたように、国民の代表です。
その国民の代表であるからこそ、若くても先生と崇められて、それ相応の特権を与えられている訳です。
逆に言えばそうした特権を与えられている以上、多少の制限はかかるとしても法令的解釈の上でも反論は無いでしょう。
議員である以上、少なくとも、一挙手一投足は国民から常に監視されていることを意識すべきでしょう。
ただ、気になるのはこうした問題行動に際して、日本維新は何も言わない事の方がさらに気になります。
日本維新の代表でもある、松井知事からは特段の発言もないのは?
日本維新という政党自体が、問題行動を起こす議員たいして注意すると言うことすらしないのでしょうか。

放置することは、自らのブランドを落とす

どんなことでもそうですが、最近の自動車会社の不正問題などでもそうですが、小さな問題を放置したままで結局より大きな問題に発展すると言うことが多々起こっています。
足立議員のこうした放言は、いわば政党のインシデント(事故などの危難が発生するおそれのある事態)だと思うのですが、これに対して政党としては何もしないと言うのはどうでしょうか。
結局、身を切る改革というのであれば、本当に改革に足を引っ張るような議員に対して注意すると言ったことができない政党は結局国民の信頼すら失って鹿うのではないでしょうか。

今こそ政治家の信念が試されるとき 人口減少に対しての方策は?

皆様今晩は、私自身も政治家を目指すと言いながら、肝心のこのblogを更新していないと何をしているのだとお叱りを受けてしまいそうです。
毎週最低1回は更新できるようにしたいと思いますが、今回は、改めて政治家の信念が試されるときと言うことで、私なりに取組みたい政策などを一つづつ提案していきます。
私が目指しているのは、地方政治家であります。
特に、地方の衰退は著しいものがあります。

和歌山市の人口減少が著しい

私自身の生まれ育った和歌山市も御多分に漏れず人口減少は緩やかに進んでいくと言われています。

和歌山市人口ビジョンから引用  平成27年10月から引用


和歌山市の現在の年齢別人口分布

和歌山市の5歳年齢階級別人口の推移



引用元 


65歳以上が多い、つぼ型になっているのは当然として、実はここでは見えてきにくいのですが、下記のような問題があります。


特に大きな問題は、女性人口の減少

和歌山市人口ビジョンでは、出産可能年齢の女性人口が今後の予測で大幅に減ることを危惧しています。

和歌山市人口ビジョンから引用  平成27年10月から引用

この原因はどこにあるのでしょうか?
和歌山市の産婦人科医が少なくて子供が生みにくい体制なのでしょうか?
そこで、少し調べてみたのですが、
和歌山県全体では全国平均よりも産婦人科の医師の数は多いので、安心して出産できる体制は整っていると言えるかもしれません。

産婦人科総医師数

産婦人科医師の地域偏在 日本産婦人科医会常務理事日本医科大学 中井章人氏の資料から引用


こう考えると、先ず今すべきことは、和歌山市に住むことを選んでもらうことが必要であることが判ります。
すなわち、働ける場所を確保すると言うことになります。


もちろん、若い女性が働ける場所と言うことだけでなく、男性も同様です、大阪なりに出なくとも地元で働ける仕組みを作っていく必要があると言えましょう。


安心して働ける場所があって、和歌山で暮らし続けることができると思うからです。

その為にどうするべきか。農業の充実という選択肢

その一つは、農業の充実にあると思っています。


遊休農地などをメガソーラ発電に転用するのであれば、よく言われるようにICTの技術を活用したスマート農業を展開すべきだし、その為の農業法人を第3セクターで設立して、就農希望者はその社員として就職、その後独立を希望する場合は、農業法人から土地を借りて独自の経営を行うこともできるし、引続き農業法人でサラリーマンとして働くこともできる。


そんな方法で地元で働ける仕組みと遊休農地を少しでも減らす努力をしてはどうであろうか。


遊休農地は、買取ではなく減反政策の補助金を活用してその土地を借り上げる形で田であれば米を栽培すればよい、ただし、単純に米を米として消費するのではなく、新しい食材としての活用を考えて新たなブランド化を図っていくことや、海外への輸出を考慮することもありではないだろうか。


非常識な発想であることは十分承知だが

人口減少でいきなり、農業法人の展開に飛んでしまって読んでおられた方も面食らったと思う。
でも、考えて欲しいのは、いくら綺麗ごとで「子育て支援します」:と言っても、財源も何もなくて、ただ耳障りの言い言葉だけを並べても実際には何もできないと言うことになりはしないだろうか。
それならば、もっと本質を見極める必要があると思うのです。
そこで、和歌山市(和歌山県)は絶対的に産婦人科や小児科の数が少なくて子育てに向かないのではないかと仮説を立てて調べてみたのです。
答えはむしろ逆で、和歌山県全体で見た場合医師の数は全国平均よりも多いことが判明しました。
しかし、人口は減少し続けていると言う事実、特に自然減よりも社会減の方が大きい傾向にあることが判ります。(グラフの単位が違うので、自然動態の方が多いように見えますので注意してください。)

まず、和歌山市の場合は若者が働ける場所を確保していくことが全てにおいて重要なことだと言えるのではないだろうか。
そうしないと、結局実現できない公約ばかりを並べる意味のない政治家ばかりが誕生する結果になると思うのです。



和歌山市中心部の空洞化をどう食い止めるか?

和歌山市の空洞化が止まらない


先日、和歌山市役所に用事があり和歌山に久々に帰ったのですが、南海電車が男里川の鉄橋支障の影響で直通列車が運転されておらず、阪和線で行ってきました。
行きはバスで、帰りは、両親の墓参りもしたかったので、ぶらくり丁経由で歩いて和歌山駅まで戻ったのですが、あまりにも和歌山市の低落傾向が止まないことに改めて危惧を感じたものでした。
平日だからと言うことを割り切っても、和歌山城前の旧市役所の駐車場には観光バスが1台のみ
これでは、あまりにも寂しくはないだろうか。
今から30年ほど前少なくとも市役所前付近にはだれかれと人が歩いていたような気がするし、ぶらくり丁を中心とした商店街には人が溢れていたことを思い出します。
しかし、先日訪問したぶらくり丁はどうだったのか?

ぶらくり丁の惨状

30年以上前はぶらくり丁を中心とした本町界隈は車線を狭くして車の流入量を減らして、人が歩けるスペースを拡大しました。
結果的には、その施策が裏目に出て逆に寂れさせてしまう悪循環を生んでしまいました。
その昔、和歌山市では一番大きな本屋だと思っていた宮井平安堂が廃業し、ビルの敷地がマンションになると言っていましたが、未だに更地のまま、他の商店も殆ど閉店しており町の活性化どころか急速にゴースト化が進んでいます。
ぶらくり丁も同じ、老人介護施設などが目立つのですが、若い人たちがチャレンジできる・・・・そんな店が無いんですね。
まして、それ以前に人が居ない。
私が20代の頃には、活気があったあのぶらくり丁はどこに行ってしまったのでしょうか。

人が居ない商店街

ぶらくり丁が特に酷いと言うことではなく、ぶらくり丁以外の地域はもっと悲惨で、いたずらに駐車場ばかりが目立ちます。
北ぶらくり丁に至っては、看板に電気が点いているところを探す方が難しいくらい・・・そんな悲惨な状況です。
本町通り側は車線を狭めて車の流入を絞った反面、築地側は従来通りの片側2車線であり、以前は違法駐車が多くて、片側1車線が詰まっている状況だったのが今は2車線とも空いている状況です。
それに、よくよく考えたら26号バイパスが開通して、尾崎方面からは今までのようにみさき公園・淡輪付近の渋滞を経験せずにそのまま、泉南まで直通できるわけです、バイパス開通前には大阪から観光客が車で押し寄せると期待していたようですが?
実際に、約20分程度ですが、26号バイパスと接続されている築地側の道路を見ていましたがほとんど車も通らない。

26号バイパスの開通は町に賑わいをもたらしたのか?


結局、26号バイパスの開通は和歌山市にどれほどのメリットを与えたのであろうか。
少なくとも朝夕の通勤ラッシュなどには車で通勤する人にとってはメリットがあったのかもしれないが、その分阪和線、南海線の利用客の減少を招いたことは否めないであろう。
以前から、高速道路を含め過剰な道路整備は町の過疎を加速させても町の賑わいを生み出さないと申し上げてきました。
その理由は、受け皿である地域に魅力が無ければより魅力ある地域に人は流れるからです。

和歌山駅と和歌山市駅の格差

JR和歌山駅


そして、もう一つ感じたのは和歌山駅と和歌山市駅の格差の拡大
和歌山駅も褒められたものではないが、少なくとも和歌山線・阪和線・紀勢本線・和歌山電鉄のターミナルとしての体裁を整えており、長らく放置状態であった「わか地下広場」も改修されているようだが官主導ではなく民間主導で運営してもらいたいと思いました。
どうしても官が主導で行うと施策ありきになってしまう傾向があるからです。

和歌山市駅

改めて思った改革の難しさ

和歌山市の場合、正直申し上げてこれが正解というものは今回も見つけられませんでした。
余りにも問題が大きすぎて複雑になりすぎているから、複雑骨折した上に全身打撲・・・そんな状態になっているのかと思われてなりません。
ただ、交通の点だけで見ても、本来であれば和歌山市の中心部により近いはずの和歌山市駅がこの体たらくではどうしようもありません、先ずテコ入れするとすれば和歌山市駅周辺をどれだけ再開発できるかでしょうか。
市民会館が伏虎中学校跡地に建設されるのであれば今度は現在の市民会館跡地はどうなるのでしょうか?

木津市場


どうせなら、再びあの場所を和歌山中央卸売市場にして、大阪の木津市場の様に観光地化して和歌山市駅からの観光客を取り込むといったことをしても良いのではないだろうか。

和歌山中央卸売市場

少なくとも、現状では駅を中心としたコンパクトシティ化を更に進めて現状の鉄道網を最大限生かせる形にしないと難しいのではないだろうか。


その上で、本町の再開発(大学の誘致が良いのか、それとも高齢者向けのケアハウスなどを中心とした終の棲家としての集合住宅コミュニティを再構築するのが良いのか。
少なくとも選ばれる町を再構築する必要があるのではないだろうか。